ここでは腸内細菌・腸内フローラと遺伝子の関わりについて述べています。
人体における腸という器官は、生命の維持において極めて重要な存在だとされていますが、その理由のひとつに「遺伝子」との関わりがあります。
ヒトの腸内に生息している腸内細菌の種類は、これまで100種類程度と言われてきましたが、直接DNAを抽出する「メタゲノム解析」の手法によって、ヒトの腸内には1000種類、100兆個以上もの腸内細菌が棲息していることが分かってきたのです。
そして、その腸内細菌の総遺伝子数は想像以上に多く、実に多様であることが判明したとされています。
これらの遺伝子には、私たちのものとは異なった働きをもつものがあり、私たちが消化できないものを消化してくれる酵素の遺伝子なども含まれる。腸内細菌群は、免疫系や神経系、ホルモン系にも作用して、からだの健康維持に役立っている。一方で、有益な菌を減少すると、さまざまな病気になる確率が高まることが明らかとなっている。
(上野川修一 『からだの中の外界 腸のふしぎ』)
これら、からだの健康維持のための遺伝子の様々な働きこそが、腸内細菌群が「第二のゲノム」と呼ばれるゆえんであると言われています。
そして、「腸内フローラ」と表現されるほどの腸内細菌の群れは、ヒトの遺伝子をはじめとして、健康や生命の仕組み、免疫系などに対して様々な影響を与えています。
しかしこのような腸内細菌群は、最初からヒトの体内に棲息しているわけではありません。ヒトの胎児が母親の胎内にいる間は、実は無菌状態なのです。
そのため、腸内細菌群がヒトの腸内に棲みつくようになるのは、一般的に胎児が産道を通って体外に出る時だと考えられています。その際、母親から最初の菌を分けてもらい、その後、外の世界の環境に触れながら、菌を増やしていくのです。
ところが、生まれたばかりの子供が菌が少ない環境で育ってしまうと、免疫系の発達が阻害されてしまうといいます。
そうなってしまう理由は、ヒトの免疫システムは多種多様な菌との遭遇によって成長していくと考えられるからです。
そのため、もし幼少期の子供が菌が排除されたキレイな環境ばかりで育ってしまうと、免疫系が発達せず、アレルギーになりやすいといった、免疫力が弱い子供になってしまうとされています。
また、抗生物質の乱用も、腸内細菌の多様性を失ってしまう大きな原因であると言われています。
したがって、いわば腸内細菌との「共生」が、私たち人間の生命維持や人生そのものに深く関与しているといっても過言ではないのです。
参考文献
上野川修一 『からだの中の外界 腸のふしぎ』 講談社
太田邦史 『エピゲノムと生命 DNAだけでない「遺伝」のしくみ』 講談社
本庶佑 『いのちとは何か―幸福・ゲノム・病』 岩波書店
藤田紘一郎 『遺伝子も腸の言いなり』 三五館