東京大学名誉教授の別府輝彦氏による『見えない巨人―微生物』(ベレ出版)は、「発酵」「病気」「環境」の三つの分野にまたがる微生物について読みやすく書かれている一冊です。
「発酵」「病気」「環境」の三つの分野において、微生物は私たちの生活に深く関わっています。微生物によって様々な恩恵を受けることもあれば、微生物によって命を奪われてしまうこともあります。
そのため、この別府輝彦氏の『見えない巨人―微生物』は、微生物とは、「発酵」「病気」「環境」の三つの分野においてどのような存在であり、どのような働きをしているのか知るためには最適であるといえます。
入門書としては少し難しいと感じるかもしれませんが、微生物の基本情報がうまくまとまっており、大変読みごたえがあります。
特に本書を通読すると、微生物が「共生」する存在であり、私たちには見ることのできない巨大なネットワークを築いているということが浮かび上がってきます。
(略)多様な種が混在している自然界では、同種の微生物のクローンの中だけでなく、異種の微生物同士も種の壁を越えて共生の環によって結ばれていると考えられるのです。(略)相互作用の環でつながっている微生物全体を、地球サイズの超個体とみなす考えには、必ずしも誇大妄想とはいえない真実が含まれています。
(別府輝彦『見えない巨人―微生物』 p028)
感染症という微生物との戦いについて私たちが改めて理解しなければならないのは、ヒトが地球の生態系をつくり上げている無数の生物種の一つに過ぎないという当たり前の事実です。病原体すべてを根絶することはできるはずがありません。イヤでも共存しなくてはならない相手である病原体との間に、どのような平衡関係をつくり上げるかがいま問題になっているのです。
(同 p185)
微生物の生体についての研究はいま新しい時代を迎えています。そこで重要になるのは、微生物がほとんどあらゆる生物との間に張り巡らしている広い意味での共生関係と、集団としての微生物細胞の間で働く遺伝子と化学信号を介するネットワークの拡がりです。微生物はそれによって地球上のすべての高等動植物の生存を支えると同時に、これまで分散して生活していると考えられていた微生物自身も、寄り集まって信号を交わし、さらに遺伝子までやり取りし、代謝を共有しながら環境に適応して、生物の中でもっとも急速に進化し続けていることがわかってきました。このようにダイナミックに環境の中で活動している微生物の姿には、まさに「微生物とは何だろう?」の章の中ですでに使った、地球と共生する「超個体」の生物という言葉がぴったりするようです。
(同 p258~259)
私たちのからだに生息している腸内細菌は、善玉菌・悪玉菌・日和見菌のバランスを維持することが大切です。
また、腸内細菌の集まりである腸内フローラによってより健康になるためには、腸内細菌の多様性が重要になってくるとされています。
そのほかの微生物(常在菌)も例外ではなく、ヒトのからだの健康や免疫も、微生物の共生が深く関係しているのではないかと、本書『見えない巨人―微生物』を読むと考えさせられます。
また、地球に存在する生命を維持していくために、私たち人間は微生物に対してどのように向き合い、どのような態度を取るのが正しいのかを熟考しなければならないと感じます。
なお、微生物の集まりについて書かれた海外の書籍としては、ロブ・デサール , スーザン・L. パーキンズ氏らによる『マイクロバイオームの世界 あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち』があります。
1 微生物とは何だろう?(微生物は見えない生き物/微生物は巨大な生き物/微生物は多様な生き物/微生物と人間のかかわり)/2 発酵する微生物(発酵とは何だろう?/発酵という文化/新しい微生物、新しい発酵/次の世代に向かって)/3 病気を起こす微生物(歴史の中の感染症/病原体との戦い/新しい感染症の姿)/4 環境の中の微生物(環境を支える微生物/共生する微生物/集団としての微生物/地球環境と微生物)