腸や腸内フローラと免疫力には深い関係があります。
腸内フローラとは腸内細菌の集まりの様子のことですが、100種類・100兆個以上も存在するといわれる腸内細菌のバランスが私たちの普段の免疫力を大きく左右しているのです。
私たちは生きていくために、口にした食べ物を消化・分解することで栄養分を吸収しなければなりませんが、それと同時に細菌やウイルスが外から侵入してくるのも防がなければなりません。
その重要な役割を果たしているのが腸のなかの小腸です。
小腸では胃の中でドロドロになった食べ物がさらに分子レベルにまで分解され、粘膜から吸収されますが、一緒に入り込んできた病原菌を排除しなければ感染症が引き起こされてしまうので、体に必要なものとそうでないものを選り分けることで、異物の侵入を防いでいかなければなりません。
そしてその役割を担っているのが白血球の仲間である「免疫細胞」なのです。
免疫細胞の約6割に腸に集中しているとされ、その免疫細胞のリンパ球、好中球、樹状細胞、マクロファージなどが、食べ物を吸収するための入り口である小腸のなかで、いわば警備隊として活躍しています。そのため腸は「腸管免疫」と呼ばれています。
また免疫細胞の多くは、腸管だけではなく、腸管免疫器官から呼吸器や口、眼、乳腺、生殖器などの粘膜へと送り出されています。
そして、その免疫細胞に対して何らかの働きかけているのは「腸内細菌」です。
腸内フローラを形成している腸内細菌は一般的に善玉菌・悪玉菌・日和見菌に分けられますが、実はそれぞれがそのような垣根を超えて、私たちの健康維持のために様々な働きをしてくれているのです。
そのため、腸内細菌の集まりである「腸内フローラ」と小腸における「腸管免疫」は、免疫力を高めて感染症などの病気を防ぎ、体全体の健康を維持するための中心だと言うことが出来ます。
小腸の最前線では、細菌やウイルスの侵入を防ぐために、免疫細胞が懸命に働いています。
まず、病原菌が入り込んでくると、マクロファージや好中球などの貪食細胞が反応し、細菌などを獲物を見つけたハンターのように捕らえて消化・分解します。
しかしそれだけで処理できないので、マクロファージや樹状細胞が取り逃がした菌の情報をリンパ球のひとつであるT細胞に伝えます。
T細胞は抗体製造における司令塔であり、ヘルパーT細胞とキラーT細胞に分かれますが、このうちのヘルパーT細胞が抗体を作るよう、同じようにリンパ球の一種であるB細胞に命令します。
B細胞は抗体を作るだけではなく、その情報を記憶する役割を担っているため、一度抗体が作られると、次に同じ病原菌が侵入してきても素早く対処できるようになり、同じ感染症にはかかりにくくなります。
なお、キラーT細胞は、同じリンパ球のひとつであるNK(ナチュラルキラー)細胞やNKT細胞と連携しながら、感染した細胞やガン細胞などを次々と排除するために働いています。
このように、腸管免疫と呼ばれる小腸の最前線では、様々な免疫細胞が活躍しているのです。
ちなみに、免疫は「自然免疫」と「獲得免疫」に分けられます。
「自然免疫」とは本来生物に備わっているもののことであり、免疫系の基本的な働きのことです。病原菌などが体内に侵入した場合、まず防御を請け負うのが自然免疫です。
マクロファージや好中球、ウイルスやがん細胞の増殖を押さえるNK細胞などの免疫細胞が一定数体内に常住し、外敵を排除する役割を常に果たしています。
また、「獲得免疫」とは自然免疫では対処しきれない外部の脅威に対してリンパ球が「抗体」を作り出し、対処しようとするものです。その獲得免疫の主役はT細胞とB細胞です。
T細胞には、B細胞に抗体を作るよう指令を出す「ヘルパーT細胞」と、この働きにブレーキをかける「制御性T細胞」がありますが、B細胞が抗体を作り出すまである程度の時間が必要になるため、その間、ウイルスの増殖を抑える「キラーT細胞」が、自然免疫系の免疫細胞と連携しながら活躍します。
さらに、獲得免疫によって作られる「抗体」とは免疫系において重要な役割を果たすたんぱく質のことで、「外敵に抵抗するもの」という意味をもつ「免疫グロブリン」のことです。
その免疫グロブリンには、「免疫グロブリンA」をはじめとして、「免疫グロブリンG」や「免疫グロブリンM」など5種類存在しており、病原菌の解体・排除などそれぞれ違った働きをしています。
このように人間の体内においては、「自然免疫」と「獲得免疫」のどちらも同じくらい大切な役割を担っているのです。
また腸内に生息している腸内細菌もヒトの免疫系と深く関わっています。
腸内環境が悪化し、腸内細菌のバランスが崩れてしまうと、免疫系に異常をきたし、アレルギーなどが発症しやすくなること分かっています。
このことに関して、医学博士の本庶佑氏は以下のように述べています。
ヒトの腸内には、百兆個を超える微生物(略)が存在し、その種類は、数百種に上る。細菌のなかには、乳酸菌(Lactobacillus)のように食物の代謝を助けるようなものもあれば、その異常繁殖によって生体が害悪を受ける嫌気的な細菌クロストリジウム(Clostridium)もある。免疫不全病態でIgAがつくれないヒトやマウスでは、嫌気性菌が異常増殖する。その結果、生体の免疫系が過剰反応を起こす。このように腸内細菌は、宿主との免疫系を通じた相互関係のもとで、一定のバランスを保っている。つまり、もちつもたれつの関係によって、私たちは体の中に多くの生命体を抱え、共に生きているということになる。(本庶佑『いのちとは何か―幸福・ゲノム・病』)
つまり、ヒトの免疫系をうまく働かせるには、腸内細菌のバランスを保ち、うまく共生していくことが大切であると考えられるのです。
参考文献
上野川修一『からだの中の外界 腸のふしぎ』 講談社
上野川修一『からだと免疫のしくみ』 日本実業出版社
審良静男/黒崎知博 『新しい免疫入門 自然免疫から自然炎症まで』 講談社
光岡知足 『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』 祥伝社
三木成夫 『内臓とこころ』 河出書房新社
西原克成 『内臓が生みだす心』 NHK出版
本庶佑 『いのちとは何か―幸福・ゲノム・病』 岩波書店
藤田紘一郎『脳はバカ、腸はかしこい』 三五館
安保徹 『免疫革命』 講談社インターナショナル
安保徹 『体温免疫力』 ナツメ社