うつの症状には、腸内細菌の集まりである腸内フローラや腸内環境が深く関係しています。
うつの症状の原因は脳の疾患によるものだと捉えられることが多いですが、その脳は腸と神経系でつながっているため、うつの症状を緩和・改善していくためには腸と腸内環境の重要性に目を向けることが大切になってきます。
実際、腸は「第2の脳(セカンドブレイン)」と言われています。また、「腸脳相関」や「脳腸相関」という言葉が示す通り、腸と脳は互いに関係し合っています。
さらに腸という消化管には脳の60%に相当する神経細胞が存在していると言われています。このことに関して、例えば理化学研究所の辨野義己氏は以下のように述べています。
腸には、多数の神経細胞が存在します。腸の神経細胞の数は大脳の次に多く、ほかの神経細胞を全部合わせたよりもたくさんです。腸管の周りを神経細胞がびっしりと取り囲んでいて、神経細胞のネットワークを作っています。
腸神経系は、腸内を通る物質の情報をキャッチして腸全体や他の臓器に伝達し、病原微生物をやっつけたり、食事量に合わせて代謝をコントロールしていると考えられます。そのため、「腸は第2の脳」ともいわれています。
でも、私は腸の方こそ第1の脳だろうと思います。
(辨野義己『腸を整えれば病気にならない』 p104)
またうつの状態の時は、このセロトニンやドーパミンの分泌量が足りなくなっていると一般的に言われていますが、腸内フローラを構成している腸内細菌の働きは幸福感を高めるセロトニンや、報酬系・やる気に関わるドーパミンといったホルモンの生成にも関係しています。
このことに関して、医学博士の藤田紘一郎氏は以下のように述べています。
最近の研究では、私たちの腸内に棲む細菌類が、私たちの気分や感情、そしておそらくは人格まで微妙に変えていることが明らかにされてきました。
腸内細菌は脳での遺伝子発現を変え、記憶と学習に関する重要な脳領域の発達を左右していることがわかってきたのです。精神疾患の症状や薬の効き方が患者によって異なる理由も、腸内細菌の違いがあることで説明がつくようになったのです。
人によって、または同じ人でも気分や人格、思考過程が変りますが、これも一部は腸内細菌の影響があると私は思っています。
数年ほど前から、脳内の伝達物質である「ドーパミン」や「セロトニン」は腸内細菌によって合成され、その前駆物質が脳に送られていることが報告され始め、これを裏づける研究結果が細菌、アイルランドのコーク大学のJ・F・クリアン博士らによって発表されました。
(藤田紘一郎『遺伝子も腸の言いなり』p116~117)
特に幸せホルモンと呼ばれる「セロトニン」の前駆物質もほとんどが腸で作られています。実はセロトニンとはもともと腸内細菌間の伝達物質であり、その約90%が腸内に存在しています。
そのため、腸内フローラの状態が脳のセロトニンやドーパミンの濃度にも関係してくるとされています。
さらに、その「セロトニン」や「ドーパミン」が合成されるためには、ビタミンCやビタミンB6、ナイアシンといったビタミン類が必要になってくるのですが、ビタミン類のうちビタミンB群を作り出すのは腸内細菌の役割です。
そのため、腸内環境や多様な腸内細菌の集まりである腸内フローラを改善することは、うつの症状を緩和し、心の健康を維持することにもつながっていくと考えられます。
このことに関して辨野義己氏は以下のように述べています。
現在、うつ病や認知症では向精神薬がよく処方されています。しかし、向精神薬は副作用で便秘を起こすものが多いことが気がかりです。便秘で腸内環境が悪化すると、かえって脳に悪影響を及ぼす可能性があるからです。よかれと思って飲んだ薬のせいで、腸内フローラの状態が悪くなれば、それが脳内の化学物質のバランスを崩して、うつ病が悪化するということが、あり得ます。腸内環境を悪化させないように、向精神薬は慎重に処方されるべきだと思います。
(辨野義己『腸を整えれば病気にならない』 p106~107)
もちろん、精神的な疾患の原因の全てを腸内フローラの悪化に還元するわけにはいきませんが、うつ病を予防したり症状を緩和・改善したりするためには、カウンセリングなどの心理的な療法に加え、腸内細菌の集まりである腸内フローラを改善していくことも必要になってくると考えられるのです。
ちなみに近年は腸内細菌が発酵を起こした際に作り出す短鎖脂肪酸のうちの酪酸に、ストレスに対して強くなったり、うつを予防したりする作用があるということが分かってきています。
また、うつの症状が長引くと、不安やストレスを感じた際に、腹部の辺りに強い不快感をおぼえると共に、それが下痢や便秘のかたちで現れる「過敏性腸症候群」を引き起こす可能性もでてきます。
したがって、うつの症状を緩和し、過敏性腸症候群を防いでいくためには、腸内細菌の集まりである腸内フローラを改善し、腸内環境を良好に保つことが大切なのです。
ところで、うつ病やうつの症状は、腸と脳の炎症と関係しているという見解があります。
たとえば神経科医のデイヴィッド・パールマター氏は著作のなかで以下のように述べています。
脳疾患も含めてすべての変性疾患を引き起こすのが「炎症」であることは、研究者たちにはかなり前から知られていた。そして研究者たちは、グルテン、さらに言えば高炭水化物の食事が脳に達する炎症反応の原因になっていることを見出しつつある。(デイヴィッド・パールマター/クリスティン・ロバーグ『「いつものパン」があなたを殺す』白澤卓二訳 p53)
うつ病と腸につながりがあるという事実は、最近わかったことではない。すでに二十世紀初めには、研究者と臨床医たちがこの研究に深く携わり、腸内でつくられる毒性の化学物質は、気分や脳の機能に影響するのではないかと考えていた。このプロセスには「自家中毒」という呼び名さえあった。(デイヴィッド・パールマター/クリスティン・ロバーグ『「腸の力」であなたは変わる』 p112)
特に、腸と脳と炎症の関係について以下のように述べていることは非常に興味深いと思われます。
現在もっぱら注目されているのは、腸の機能不全と脳の関係、より具体的にいうと、血液中の炎症マーカー(体の免疫系が警戒態勢であると示すもの)の存在と、うつ病のリスクの関係を示す研究だ。
炎症のレベルが高いほど、うつ病発症のリスクが急上昇する。そして、炎症マーカーのレベルが高いほど、うつ病の症状が重くなる。
この結果から、うつ病も、パーキンソン病、多発性硬化症、アルツハイマー病などと同じ、炎症性疾患ということになる。
うつ病の原因となる障害は脳内だけにあるのではないと考えられるようになった、目を見張るような研究結果もある。
たとえば、うつ病の兆候がいっさい見られない健康な人に、炎症のきっかけになる物質を注入したところ、すぐに典型的なうつ病の症状を発症した。( デイヴィッド・パールマター/クリスティン・ロバーグ『「腸の力」であなたは変わる』 p113~114)
うつ病と、腸と脳と炎症の関係性について、デイビッド・パールマター氏は『「腸の力」であなたは変わる』のなかで以上のように述べているわけですが、腸内環境の悪化によって、毒性の化学物質が血液中に入りこみ、炎症が起きることが、うつの症状をはじめとして、私たちのメンタル面に何らかの悪影響を与えていることは確かかもしれません。
また、腸壁に穴があくことによって、腸から体内に細菌やウイルス、未分化のタンパク質など様々なものが入りこんでしまう「リーキガット症候群」も、近年、私たちの健康を害する深刻な問題になってきています。
そのため、うつ病の予防をはじめとして、少しでもからだとこころの健康を保つために大切になってくるのは、やはり腸内環境・腸内フローラを改善することであるように感じます。