腸内環境や腸内細菌の集まりである腸内フローラを改善していくことは、うつ病の予防と症状の緩和・改善に効果的です。
なぜ腸内フローラや腸内環境の改善がうつ病を治していくことにつながるのかといえば、「腸脳相関」という言葉が示す通り、腸と脳はお互いが連絡を取り合っているからです。
また、腸内細菌・腸内フローラとうつ病の関係性については、脳内伝達物質であるセロトニンやドーパミンの前駆体を腸内細菌が脳に送っていることが挙げられます。
特にセロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれており、うつの症状が起こる場合は、このセロトニンの分泌量が少ないことが知られていますが、実はこのセロトニンとはもともと腸内細菌間の伝達物質なのです。
ちなみに、セロトニンの約90%が腸内に存在しており、残りの8%は血小板に取り込まれ、血中で必要に応じて使われるため、脳に存在しているセロトニンは2%程度にすぎないとされています。
たんぱく質 ⇒ トリプトファン ⇒ 5HTP ⇒ セロトニン
ビタミンC 葉酸・ナイアシン ビタミンB6
たんぱく質の分解産物であるトリプトファン(必須アミノ酸)は腸内で合成されたのち、5HTP(ヒドロキシトリプトファン)というセロトニンの前駆物質になり、腸内細菌によって脳に送られます。
またセロトニンが合成されるまでに、ビタミンCや葉酸、ナイアシン、ビタミンB6といった ビタミン類が必要になるのですが、これらのビタミンうち、特にビタミンB群の多くを合成するのも腸内細菌の役目です。
ちなみに報酬系に関わる「ドーパミン」であれば、フェニルアラニン(必須アミノ酸)からL-ドーパと呼ばれる前駆体となって、腸内細菌によって脳に送られます。
この際、セロトニンと同様にビタミンCやビタミンB6、ナイアシンなどのビタミン類が必要になってきます。
また、リラックス効果や気持ちを落ち着かせたりする効果があるGABA(γ‐アミノ酪酸)の合成にもビタミンB6とナイアシンが必要になります。
ちなみにビタミン類のうちのビタミンCはやる気や集中力に関わるホルモンであるノルアドレナリンの合成にも必要になってくるため、うつの症状を予防・緩和していくためには、ビタミンCの積極的な補充が大切になります。
そのため、腸内細菌が少なかったり、腸内細菌のバランスが悪かったりすることで腸内フローラが乱れてしまうと、結果的にセロトニンの合成にも支障をきたすことになり、うつの症状が起こりやすくなってしまうのです。
このように、うつの症状は腸内細菌の集まりであると腸内フローラや腸内環境と深い関係があると言えるのですが、腸と脳とうつに関して、医学博士の藤田紘一郎氏は以下のように述べています。
食道から胃、腸まで一本につながっている消化管は独自の神経系を有し、脳とは独立して機能しています。消化管は脳から指令を受けるだけではありません。逆に、消化管から脳への情報伝達量のほうがはるかに多いのです。この腸神経系は「腸の脳(gut brain)」と研究者の間で呼ばれています。腸の脳は神経を通じ、すい臓や胆のうなどの臓器をコントロールしていて、消化管で分泌されるホルモンと神経 伝達物質は肺や心臓といった臓器と相互作用しています。つまり、ストレスによる食欲不振や胃痛、腹痛など消化管の不快な反応が、脳へうつ状態になるよう命令し、結果的に行動を緩慢にさせたり、社会活動から疎遠にさせたりしているのではないか、と私は思っています。
このことから、うつは脳だけの疾患なのではなく、身体全体の問題である、と再度考えさせられるのです。
(藤田紘一郎『脳はバカ、腸はかしこい』 p96)
このように腸と脳は深い関係があるため、うつの症状を改善していくためには、腸内環境や腸内フローラを改善し、腸内細菌のバランスを整えることが非常に重要だと考えられるのです。
また、藤田紘一郎氏が『遺伝子も腸の言いなり』で述べているように、日頃の気持ちを少しでも楽にするために、「エピジェネティクス」の考え方を知ることも大切です。
そのほか、ジャスティン・ソネンバーグ氏とエリカ・ソネンバーグ氏による『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』のなかの以下のような記述も、腸内フローラとうつ病の関係を考えるうえで参考になります。
脳腸軸に問題を抱えた人びとのために、有益な細菌が解決策になるかもしれないと考える人々もいる。サイコバイオティクスと呼ばれる種類のプロバイオティクス菌は、向精神性の化合物を腸から脳に送ることで精神症状を改善することを目論む。行動を正常にする化合物質をつくる細菌を腸に送ることで、より健全な脳腸間の連絡を復活することが可能になる。腸にプロバイオティクス菌を与えると、ストレスやうつの動物モデルでは行動が改善するという証拠が次々に出てきている。ヒトを対象にした予備実験でも、慢性疲労症候群や過敏性腸症候群の症状をプロバイオティクスで緩和できることがわかった。(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原 多惠子訳 p189)
健康な参加者の場合も、三〇日にわたって毎日二種のプロバイオティクス菌のカクテルを摂取すると、不安感やうつが軽減した。このように楽観できそうな理由はあるのだが、これらはあくまで予備実験であって、過敏性腸症候群や炎症性腸疾患、気分障害(うつや重い不安障害)などの疾患の治療にプロバイオティクス菌をどう取り入れるかは、プラセボを飲む対照群を使った実験で決めるべきだろう。治療は個人化の必要があるかもしれない。しかし、こうした実験が思い起こさせてくれるのは、私たちの体内にいる微生物が脳と腸双方に影響を与える病気にかかわるということだ。(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原 多惠子訳 p189)
プロバイオティクスやプレバイオティクスによって、腸内フローラのバランスを整えれば、うつ病が治ったり、うつの症状が改善されたりすると断言できるわけではありません。しかし、腸内細菌や私たちの体内に生息する微生物が、心の状態や気分と深く関わっているのは確かであるように思われます。
参考文献
辨野義己 『腸を整えれば病気にならない 腸内フローラで健康寿命が延びる』 廣済堂出版
藤田紘一郎 『脳はバカ、腸はかしこい』 三五館
内藤裕二 『消化管は泣いています 腸内フローラが体を変える、脳を活かす』 ダイヤモンド社
福田真嗣 『おなかの調子がよくなる本 自分でできる腸内フローラ改善法』 KKベストセラーズ
溝口徹 『「うつ」は食べ物が原因だった!』 青春新書
ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原 多惠子訳 早川書房