「消化管が単なる栄養分の消化吸収のための器官ではないことに気づくであろう。それは内なる外との絶え間ない接触の場であり、それに対応するための強力な免疫学的戦略が配備されている。管としての人間の体制である。」(多田富雄 『免疫の意味論』より)
腸は私たちのからだのなかで最大の免疫系であり、特に小腸の粘膜の襞(ひだ)には免疫に関する細胞や抗体の大半が集中しているため、小腸は「腸管免疫」と呼ばれています。
その小腸の免疫系には、主なものとして、「パイエル板」「粘膜固有層」「腸管膜リンパ節」「腸管上皮吸収細胞(M細胞)」などがあります。病原菌が侵入してくると、これら各組織がそれぞれ活動を開始します。
パイエル板は、小腸の粘膜の襞を覆っている絨毛という小さな突起のなかに、リンパ球が集中するくぼみとして存在しており、病原菌など抗原の取り込み口となっています。
また、パイエル板の中には「免疫グロブリンA」を作ることの出来る抗原提示細胞やT細胞、B細胞が集まっています。「免疫グロブリンA」とは、外敵からの攻撃に備える防衛用の抗体です。
病原菌などがパイエル板から取り込まれた場合、病原細胞を攻撃するために、B細胞が免疫グロブリンAをつくる細胞である免疫グロブリンA産生細胞に変化します。
この細胞はパイエル板の下のリンパ管や血管が通っている粘膜固有層を移動し、最初の粘膜固有層とは離れた別の粘膜固有層に到達します。
そして、免疫グロブリンA産生細胞の中にある免疫グロブリンAは、攻撃態勢に入ったのちに吸収細胞によって吸い上げられて腸管腔内放出され、病原菌の侵入を阻止する役割を果たします。
パイエル板由来の免疫グロブリンA産生細胞は、腸から腸への経路のみならず、唾液腺や涙腺、乳腺など、防衛の最前線である各所の粘膜まで運ばれていき、そこで免疫グロブリンAを放出します。
それに加えて、吸収細胞などに囲まれた腸管上皮のあいだには、腸管独自のT細胞が点在しています。これらのT細胞のなかには、腸管上皮細胞の増殖を促進するなど、特徴ある働きをしているものもあります。
さらに、パイエル板を構成している「M細胞(腸管上皮細胞)」に待機している樹状細胞が、取り込まれた乳酸菌を捉えると免疫活性が促されると考えられています。
樹状細胞のTLRと呼ばれるセンサーが反応することで、細胞からサイトカインや抗菌ペプチドが分泌され、有害菌の繁殖が抑制されるほか、抗体を製造する獲得免疫の働きも活発になると言われています。
そのほか、NK細胞の活性化やアレルギーの抑制作用など、様々な作用が期待されています。
もうひとつ、腸管免疫の重要な働きとして「経口免疫寛容」があります。
「経口免疫寛容」とは、食品に含まれている大量の抗原によって、過剰な免疫反応を起こさないようにする仕組みのことです。もし、この「経口免疫寛容」が備わっていなければ、食品中のアレルゲンをいちいち外敵と見なして攻撃しなければならなくなるので、安全に食事を摂ることが出来なくなります。
この腸管免疫の「経口免疫寛容」について、上野川修一氏は以下のように述べています。
腸の免疫系は、経口免疫寛容において重要な役割を果たしている。食品中のアレルゲン(抗原)が腸の免疫系に達し、これを危険と判断した場合には過剰な免疫反応=アレルギーにつながる。そうならないよう、食品アレルゲンを他の抗原と分別して、アレルギーを抑制するしくみが全身で働き始めるのである。ここでも、「第二の脳」たる腸の免疫系は自ら考えて判断し、〝アレルギー〟という身体の危険を巧みに避けている。
(上野川修一 『からだの中の外界 腸のふしぎ』)
普段、食物を摂ることで発症するアレルギーの症状が抑えられているのは、この腸管免疫の「経口免疫寛容」の仕組みのおかげなのです。
参考文献
上野川修一 『からだの中の外界 腸のふしぎ』 講談社
光岡知足 『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』 祥伝社
西原克成 『免疫力を高める生活』 サンマーク出版