「腸内フローラ」とは、お花畑になぞらえた腸内細菌の集まりの様子のことですが、海外では「腸内フローラ」という言葉ではなく、腸内細菌を含めた微生物の、人体や遺伝子に対する関わりのことは「マイクロバイオーム」という言葉が使われています。
では、日本ではなぜ「腸内フローラ(腸内細菌叢)」という言葉が使われているのでしょうか?
この「腸内フローラ」という言葉が生まれた背景については、辨野義己氏が『腸を整えれば病気にならない』のなかで詳しく述べているので、少し長いですが引用してみたいと思います。
フローラ(flora)とは、英語(元々はラテン語)で植物相を意味します。植物相とはその地域に棲息する全植物のことです。動物相(fauna:ファウナ)は全動物を指し、生物相(biota:バイオータ)は全生物です。生物相は、植物相と動物相の両方を含みます。昔は微生物は植物に分類されていたこともあり、英語ではマイクロフローラ(小さな植物相)、ガット・フローラ(腸の植物相)という呼び方がありました。でも、微生物は実際には植物ではありません。1960年代に、ロックフェラー大学のルネ・デュボス教授は人間の常在微生物群をマイクロバイオータ(microbiota:小さな生物相)と呼びました。そこで90年代後半あたりからは、マイクロバイオータという言葉が使われるようになりました。
(辨野義己『腸を整えれば病気にならない』p21)
その後、さらに遺伝子解析法が発達し、腸内細菌の代謝機能を全体的に把握できるようになってくると、生物相よりも生物群系(biome:バイオーム)という言葉のほうがふさわしいと考えられるようになりました。他の動物群と同様、腸内細菌も互いに影響し合ってひとつの世界を作り上げています。ある細菌が作った物質が他の細菌を刺激して増やし、その影響で別の細菌が激減し、などと影響しあって生きています。こちらの方がふさわしいということで、研究者の間では、いまはマイクロバイオーム(microbiome)という言葉が一般的になってきています。
(辨野義己『腸を整えれば病気にならない』p22)
日本では叢のような細菌群ということで、腸内細菌叢という言葉が使われていました。でも、私の師である光岡知足先生と私たちは、腸内の微生物群をもう少し美しく豊かなイメージの言葉で表現したいと考えました。そこで80年代に、英語のマイクロフローラやガット・フローラをもとに「腸内フローラ」という言葉を使い始めました。フローラは元々ローマ神話に登場する花と春と豊饒の女神です。
(辨野義己『腸を整えれば病気にならない』p22)
このように日本で「腸内フローラ」という言葉が使われている理由は、光岡知足氏・辨野義己氏らが「腸内の微生物群をもう少し美しく豊かなイメージの言葉で表現したいと考え」たからなのです。
また腸内フローラの研究は細菌の培養から始まったそうですが、腸内フローラという言葉がこれほど流行るようになった背景には、近年の遺伝子解析技術の発達があるとされています。そのことに関して辨野義己氏は以下のように述べています。
20世紀の終わりから21世紀の初めにかけて遺伝子解析技術が発展してくると、培養をしなくても腸内細菌を調べるようになってきました。
大便の中にはたくさんの生きた微生物や、微生物の死骸が含まれています。そこで、大便の中にどんな遺伝子が含まれているかを調べれば、どんな細菌がいるかがわかります。
遺伝情報がDNA(デオキシリボ核酸)の配列で伝えられることは、みなさんご存じでしょう。(略)最初の頃は遺伝子解析にも、けっこう時間と手間がかかりました。それでも、培養法に比べると、遺伝子解析の成果は絶大でした。
例えば、遺伝子を調べることで腸内フローラの中で培養可能な細菌は20~30%に過ぎなかったことがわかりました。培養困難な細菌が70%もあることや、全体で1000種類もの細菌がいることなどが解明されてきました。
(辨野義己『腸を整えれば病気にならない』p162~163)
このように、遺伝子解析技術が発達したからこそ、普段は目に見えない腸内フローラの世界の実相が明らかになってきたのです。
その遺伝子技術とは具体的には、次世代シーケンサーを用いたメタゲノム解析や、核磁気共鳴装置や質量分析計を用いたメタボローム解析です。